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前東京女子医科大学 教授 上塚 芳郎先生
ITEC病院運営研究会 代表 関 丈太郎(アイテック株式会社 代表取締役)
ITEC病院運営研究会 代表 関 丈太郎(以下、関) : 社会保障のあり方が問われています。医療のサステナビリティという観点から、今後取り組むべき施策には何があるでしょうか。本日は、上塚先生より色々とお考えを伺えればと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
上塚: 本日はよろしくお願いします。さて、コロナ・パンデミックの前から既に医療の体制にきしみがあったことは周知の通りです。いまは非常時の対応ですが、やはり根本の課題に目を向けることが大切です。
医療のサステナビリティには、まず病院ですと収支の黒字が前提です。黒字の維持・達成には「収入を上げる」か「支出を抑える」、2つの捉え方があるでしょう。
収入を上げることは、それぞれの病院の機能や体制によりますが、今後の診療報酬の動向を踏まえるとそれほど楽観的な予測は立ち難いと思います。そこで支出を見ると、病院では人件費が最も大きく支出の5~6割を占めます。しかし、ここを下げることは必要な人までいなくなってしまったり、労働問題もあるので思う様にはいきません。となると、必然的に病院の中で人件費の次に大きなウエイトを占める材料費(医薬品+医療材料)に着目することになります。以前より、私は個々の病院としても、地域やグループ全体としても医療材料の分野は取り組むべき課題が大きいと考えています。
関:どうして医療材料に興味をお持ちになったのですか?
上塚:私が病院経営に興味を持つ1990年代の半ばに、私の恩師にあたる東京女子医科大学病院の当時病院長であった細田瑳一先生から「循環器部門は売上げが大きいものの赤字で、費用の大半を医療材料費が占めている」ことを聞きました。調べますと、日本は治療用医療機器、特に循環器科や整形外科の医療材料は当時国内の償還価格が、米国内で販売されている価格に比べて異常に高いことがわかり、以来このテーマを追いかけています。
関:病院経営の観点から、医療材料の償還価格の国内外の差に着目されたのですね。それほど異なることを知りませんでした。なぜ日本の医療材料費は高いのでしょうか?
上塚:原因は色々あります。医療材料は、患者の疾病に応じて必要なものが多岐にわたり、病院単位では製品の購買ロットが少ない、という市場の特徴を理解する必要があります。また、その供給過程でメーカーと病院の間に複数のディーラーが入ることも要因でしょう。
そして、歴史的な背景として国内外での異常な価格差には「外圧」もありました。米国の貿易赤字が問題となっていた日米貿易摩擦の頃、中曽根-レーガン協議でMOSS(Market-oriented sector-selective talk;市場分野別個別協議)が導入され、この結果、医療関連製品の対外開放や米国製品の輸入を増やすこととなりました。以前ほどではありませんが、そうした要因もあります。
上塚: 医療材料に価格ドットコムの様なものがあれば、すぐ比較ができて良いですね。現状では、いくつかのSPDの事業者さんが集中購買を行っていたり、価格事例を提供するサービスを担うところが出てきました。ただ、日本ではそうしたこともディーラーが担っている、という本質的な立ち位置での透明性には課題があります。
私が在席していた東京女子医科大でも医療材料の購買は課題でした。そこでやり方を改革する機運が出たころで問題点を洗い出しましたが、自院の購入価格が他と比べて安いのか高いのか比較ができませんでした。
といいますのも、他の病院に協力を求めてもディーラーから「おたくには一番安い価格で販売していますから、このことは絶対に他言しないでください」と言われて、みなさん本気で一番安く購入していると錯覚していたのです。あとで聞くと、どこの病院でも同じことを言われていたそうです。
関:よくある商慣習でしたね、今もあるのでしょうか。しかも、品目数がかなり多いので一概に比較しようにも横に並べることが難しい分野でもありますね。
上塚: 医療材料は必ずしも購買量の多い病院が安く買える、という訳でもなく特殊な市場原理があります。病院はディーラーと価格交渉をしますが、実はメーカーが価格決定権を握っていることも公正取引委員会の平成18年の調査で明らかになっています。医療材料は、ジェネリックの進んだ医薬品と異なり、実際にオペを執刀する医師などの決定が圧倒的です。ディーラーの数も医薬品に比べて圧倒的に多く、全国1,600ほどの会社が地域性・診療領域などの専門性で存在します。
こうした諸背景もありますが、病院でも根本的に何とかするべき課題があります。病院は材料価格を交渉しようにも、そもそも自院が今いくらで購入しているか分からないところが多くあります。「そんな馬鹿な!」と思うかもしれませんが、それはマスターを完備していないからです。
中規模以上の病院ですと医薬品のマスター品目数は1,000~1,500ぐらいですが、医療材料はその10倍あると言われます。医療材料は同じ品目で何種類もあるのが普通で、部位や患者の体格に合わせて5フレンチ、6フレンチの様にサイズ違いのものが用意されています。それを全部登録するのでマスターが膨大となり、そもそもの整備・メンテナンスが困難な分野です。先ほど東京女子医科大の例をお話しましたが、マスターはもともと院内に10万件もあり、それを外部のSPD事業者の手を借りて1万6,000件に集約しました。細かいですが注射針1本のマスターと100本入りのマスターが別々にある、そうしたものを一つ一つ統合していくことで購買価格を見えるようにしていきました。
医療材料費が支出のどれほどを占めるかは、病院間で差が大きくあります。手術を数多くこなす高度急性期病院では支出に占める材料費の割合が大きくなります。まずは「どの医療材料をいくらで何個買っているか」ということがわかることが重要で、それにはGS1コードの活用による、標準マスターの導入が必須です。