セミナー・インタビュー

澤 芳樹医師に聞く、大阪が目指す未来医療の国際拠点

更新日:2020/6/22

(写真左より)
大阪大学心臓血管・呼吸器外科主任教授 澤 芳樹氏
ITEC病院運営研究会 代表  関 丈太郎  (アイテック株式会社 代表取締役)


貴重な社会インフラである医療、日本の今後の地域医療を考える上で、いかに地域社会全体を盛り上げながら要所で先進技術を取り込んでいけるかは今後も欠かせない視点ではないだろうか。 こうした臨床、教育、研究の最前線に立ち、大阪から医療を核とした産・官・学の連携から、世界に新たなモデルを発信する取組みが行われている。  本稿では、大阪大学 心臓血管・呼吸器外科主任教授 澤芳樹氏に、この現状と今後の展開について話を伺った。

大阪発、医療都市構想

ITEC病院運営研究会 代表  関 丈太郎(以下、関):大阪が目指す未来医療の国際拠点についてお聞きします。まず簡単に、澤先生のご略歴を紹介させて頂きます。
1980年大阪大学医学部を卒業。その後同大医学部第一外科に入局され、心臓外科の道に。1989年フンボルト財団奨学生としてドイツのMax-Planck研究所心臓生理学部門、心臓外科部門に3年間留学され、大阪大学医学部に戻られた後、2006年に心臓血管・呼吸器外科主任教授および未来医療センターのセンター長に就任されます。心筋細胞シートによる治療法開発に従事され、2015年には医学系研究科長・医学部長に就任。そのほか京都大学iPS細胞研究所の科学アドバイザー、金沢医科大学客員教授、順天堂大学客員教授にも就任されています。2009年に文部科学大臣科学技術賞、2015年に日本再生医療学会賞を受賞。その他にも日本再生医療学会理事長や、医薬品等制度改正検討部会委員などを歴任し医療制度の改革に精力的に取り組んでおられます。なお、私も理事を務めるNPO法人日本・中東医学協会でも同じく理事としてご一緒しております。

:先生とは海外の分野でご一緒することが多いですが、本日は先生が大阪で取り組まれている医療都市構想についてお話をお聞かせいただければと思います。

大阪への愛着

:先生とお話ししていますと、日本代表のような医療の取り組みのなかで、常に「大阪」への愛着やこだわりが随所に感じられます。また、常に医療関係者だけでなく市民や企業と一緒に様々な活動にも取り組まれています。そうした活動の背景や、これから発信していきたいことについてお聞かせください。

:私は大阪で生まれ、育ち、学んだ心臓外科医です。関西には特徴的な文化や歴史もありますが、その上に充実した医療技術・研究・施設が揃っていて、この街こそが「未来医療健康デザイン都市」にふさわしいと確信しています。けれどそれは、医療関係者や行政だけで創られるものではありません。企業や市民も一体となって「いのち」への意識を高め、ひとりひとりが自分ごとになって初めて実現できることだと思います。私は、これを実現するために、多くのひとの協力を得て「一般社団法人inochi未来プロジェクト」を立ち上げ、現在、その理事長を務めています。医師として培った死生観にもつながりますが、いのちは確率みたいなところもあります。例えば10年後に生存している確率は、関さんが90%とすれば、私は85%かもしれない。明日事故にあって死んでしまう確率もゼロではありません。もちろん年齢や健康状態もあるので、一律には比較できませんが、私は現代では希薄になったけれど過去の日本人が持っていた死生観にこだわっていて、いろいろとできるうちに取り組んでいこうと思っています。

:なるほど、先生の大阪へのこだわりと常に未来を見据える視点が伝わってきます。

日本の医療へ、将来に向けて先生が大切だと思うこと

:今、日本の医療は現場も政府も大変な状況ですが、そうしたなかで先生が医療者として大切にしたいことを教えてください。

:私は心臓外科医なので、世の中で心臓が原因でなくなる人を無くしたいと思っています。そのためには常に10年先の医療を見据えて、毎年何をしなければならないかを考えてきました。たとえば、いまでは普及しているTAVI「経カテーテル的大動脈弁植込み術/置換術」などは10年ほど前(2009年)に日本で初めて大阪大学が取り組みました。また、手術を含む治療には綿密な管理が必要です。これも早くに取り組んできまして、私の教室で実施した手術の30日内死亡率は昨年0.3%でした。恐らく世界でもかなり良いところにいると思いますが、まださらに改善してきています。これからは優秀な医師を育成することにもっと力を入れていきます。ルールを作り、今は若手医師が執刀できるチャンスを増やしたり、その分中堅にはもっと大きなことを任せたりもしています。江戸時代の武士で蘭学者、そして医師であった緒方洪庵は、大阪大学医学部の源流である適塾の創設者ですが、適塾からは福沢諭吉をはじめ、その後の日本の医療の発展に寄与した多くの医師を輩出しました。現在、親が子を医師にしたいと思う理由に、安定した生活や社会的な地位・名誉などはあるかもしれません。でも子はその親の思いを超えたものを持つ必要があり、それができるものが優秀な医師になれると思います。育成にはそうした想いで取り組んでいます。

:大阪大学は、他の旧帝国大学と違い、そのルーツは緒方洪庵先生がはじめられた適塾なのですね。現在の先生の姿勢もその精神を受け継いでいるように感じます。

医師を志す学生さんに向け(海外留学生なども)

:先生は、未来を担う若手世代を応援していますが、先生の教室の学生も含めて、彼らに今後期待することをお聞かせください。

:さきほど紹介した「inochi未来プロジェクト」のなかで、学生が中心の「inochi学生プロジェクト」ができました。これは、次世代を担う医学生たちが企画・運営する自主プロジェクトです。「若者の力でヘルスケアの課題を解決する」というのがミッションで、彼らより更に若い高校生たちと「いのち」をテーマに色々なディスカッションをしながら、どんどんと社会の課題にチャレンジしています。これが面白くて、このプロジェクトから2016年に当時大阪府の松井知事に「2025大阪万博誘致に関する100の提言書」を提出し、松井知事からも高い評価をいただきました。この提言書は「人類の健康・長寿への挑戦」というテーマで、中学生から大学生の若者が100個のアイデアをまとめたものです。私の心臓外科の教室にも心・技・体、に加え、最近はなぜか格好までいいのも多いですが(笑)、優秀な若手が多く在籍しており、彼らが近い将来には「心臓病では死なない常識」を作ってくれると確信しています。また、多くの海外からの留学生も在籍しています。留学生にはぜひ自国では学べないことを学んでもらいたいと思っています。関さんもご存じのように、私の教室のサウジアラビア人の医師も「日本式」ではなく、あえて「大阪」をテーマに中東で病院プロジェクトを考えています。海外に展開するのは難しいこともありますが、応援したいと思っています。アイテックも引き続き協力してあげてください。

:弊社もサウジアラビアと関わって10年以上経過しました。国の習慣や医療制度の違いからなかなか日本式医療を導入することの困難さは理解しておりますが、今後とも先生や先生の教え子の方々と協力していければと考えています。

今後の世界へ向けた大阪での取り組み

:再生医療をはじめ、色々なことに取り組まれております。万博の話がありましたが、今年で大阪万博開催から50年の節目となりました。

:これから50年先の社会がどうなっているか、を見据えていく必要があります。日本人の3人にひとりは認知症になっているかもしれません。日常化する認知症にどのような社会が必要になっていくかを考えています。いまでも多くの人が認知症の家族を抱えていますが、将来は介護できる人材も確実に減ってきます。ロボット技術などがますます求められるでしょう。認知症の人と接してみると、昔の思い出だったり、記念日だったり、実はいろんなことを考えて行動していたんだな、と思うことがあります。将来は認知症の人が自由に動いて普通に生活できる「認知症のテーマパーク」のようなものが求められるのではないでしょうか。構想中ですが、それを「ジーザニア」と名づけました。爺さんのジーで「ジーザニア」です。(笑)

:「キッザニア」ではなくて「ジーザニア」といったキャッチフレーズが実に面白いです。
ユーモアを交え大阪万博を柱としたイノベーションの発信に「これぞ大阪!!」を感じました。本日は笑いありの数々な貴重なお話をどうもありがとうございました。

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